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「趣味を楽しむ」ってのはそれを「自分のものにする」ってこと、なのかな。

最初はそんなつもりじゃなくても、好きなものってのは自然と数が増えてきて、結果的に「コレクション」になっちゃったりしますよね。オイラの場合ですと「筆記具」(特にシャープペンシル)と「こけし」がそうなんですが、数が増えるにつれて「何か」が見えてきます。

で、最近オイラが見えて(分かって)きたもの。というか、より強く確信したこと。それは「基本」の重要性。もちろん独創性も認めますが、そこにはしっかりとした基本があることが前提。最近はそんな価値観でモノを選ぶように心がけています。

モノを集め始めるととにかく「数」と「種類」を増やしたくなります。「珍しいもの」や「変わったもの」が目に留まったりもしますよね。だけどオイラの場合、そういう基準で買ったものはすぐに飽きてしまうことが多いです。

一方基本に忠実なタイプのものは、地味ではあるけれども時間の経過とともにその良さがしみじみ分かってきたり、新しい発見があったりして飽きません。「噛めば噛むほど~」じゃないですけど、要するに「深い」んですね。

もちろんこれはオイラの個人的な価値観ですから、他の人がどんなものに価値観を見出したとしてもそれはその人にとっての正解。そもそも様々なものを「比較」するから「自分の答え」にたどり着くわけで、冒頭の「数が増えるにつれて何かが見えてくる」というのはそういうことでもあります。

ってな具合にコレクションによって自分なりに見えてくるものがあるわけですが・・・実はオイラ、今まで「コレクション」とか「コレクター」って言葉に漠然とした抵抗感があったんです。そういう人たちを認めなかったわけでも卑下していたわけでもないけど「自分は違う」ってね。マニア垂涎のレアアイテムや高級品を持っているわけじゃないですから、どこかで卑屈になっていたのかもしれません。それをごまかすために自分は「コレクションしているわけではない」「コレクターではない」って言い張ってたのかな(^_^;)

結局、趣味を「楽しむ」ためにはそれを「自分のもの」にしないとダメなんですよねー。それは前から分かっていたものの「自分のものにする」ってことが具体的にどうすることなのかってのが難しい。なので今回の「気付き」が趣味道を極めるひとつのきっかけになればいいなーと思っとります。

というわけで、今後オイラは「自分の価値観」で好きなものをコレクションしている「コレクター」であると認めつつ、趣味道を我流で邁進していく所存であります。(と、趣味を理屈で考えちゃうのもちょっと違うような気がしないでもないけどw)

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