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「木」

ピンかキリかは別として、誰の家にも木製のものがいくつかあるでしょうし、それを見て(使って)「やっぱり木っていいよね」と感じている人も多いと思います。オイラもそんな一人なんですけど、その「いいよね」っていうのはかなり漠然としたもの。

そんなオイラが3年前に出逢ったのが野原工芸の木軸ペン。もともと筆記具好きだったこともあってこのペンにハマり、木への興味が増しました。中でも一番最近買った「檜(桧・ヒノキ)」。ちょっと大げさかもしれないけど、これはちょっとした衝撃でしたね。

ヒノキといえば誰でも聞いたことがある木ですし、木工の世界で良材として扱われていることも知識としてはありました。しかし実際にヒノキのペンを手にした時、それがいかに漠然としたものだったのかを思い知らされた感じ。ちょっと言葉では表現できない感動がありましたね。少なくともオイラの趣味(感性)にこれほどピッタリくる木は今までありませんでした。そんなこともあって、木について少し勉強してみようかなと、最近そんな風に思い始めてたんです。(根が単純ですから)

そんな中、先日ご紹介した「美は匠にあり」。これを読もうと思った理由は過去記事に書いたとおり「木」とは別の興味からだったんですが、いざ読んでみたら、その中に「木工」について書かれている章がありまして。しかもそこに出てくる木のほとんどが野原工芸のペン材なんですよ。

もちろん樹木についての専門書ではないので、ひとつひとつの木について図鑑的な説明がされているわけではありません。だけどオイラにとってはいろんな意味で興味を引く内容。ますます木について勉強したくなったわけです。



で、アマゾン探検で見つけたのがこの二冊。どちらも「木」というタイトルの本です。いつもならそのままAmazonでオーダーしちゃうんですけど、居ても立ってもいられずに書店で買ってきました。

まず右側の本が白洲正子の「木―なまえ・かたち・たくみ

檜、欅、松、栃、杉、桜…木を愛し、木工の類を毎日そばに置いて使っていたという著者による「木の話」二十選。日本の木の伝統と、人の木に対する関わりについて感覚と体験、そして取材を通じて深められた思考が、やがて独自の日本文化論へと結晶する。


そして左側が幸田文の「

「樹木に逢い、樹木から感動をもらいたいと願って」北は北海道、南は屋久島まで、歴訪した木々との交流の記。木の運命、木の生命に限りない思いを馳せる著者の眼は、木を激しく見つめ、その本質のなかに人間の業、生死の究極のかたちまでを見る。倒木の上に新芽が育つえぞ松の更新、父とともに無言で魅入った藤、全十五篇が鍛え抜かれた日本語で綴られる。生命の根源に迫るエッセイ。


どちらも樹木の専門書だとか図鑑の類ではなく、「木」をテーマにしたエッセイなんですが、勉強するってのは必ずしも「木を」学ぶだけではなく「木から」学ぶことも必要でしょうしね。少しずつ、そしてバランスよく勉強していくつもりです。(あくまで我流、あくまで自己満足の域ではありますが、本来勉強ってのはそういうものだと思ってる)

ただ今回の勉強ってのはオイラの木軸ペンがさらに増殖する可能性が高い、ヒジョーに危険な試みでもあるので、そこがちょっと怖いんですけど(^_^;)

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