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金環日食に思う

今日は既に、そしてこれからさらに、金環日食についてのブログ記事が増えてくるんでしょうが、オイラも自分なりに感じたことを記しておこうと思います。といっても、たぶん他の方々とはまったく視点が違うと思いますが・・・(^_^;)

で、皆さん見ました?オイラは天気的に無理かなと思ってたし、日食グラスも買ってなかったので、Ustreamのライブ中継で見ました (^^ゞ

まあ今度は中継ではなく、自分で空を見上げてしっかりと・・・というわけにはいかず、次回は2312年なんですってねー。300年後かぁ、その頃にはオイラの頭に輪っかが乗っかってるよ。てか、あの世での歴史の方が長くなってるよww

ってことで、オイラは今回の金環日食に際し、2つのことを感じました。

ひとつは自然の神秘?偉大さ?理屈は分かっていても、それを現実として体験するとやっぱり不思議なものを感じますよね。緻密で長い時間をかけた仕組みと、それによって引き起こされる大胆な現象の神秘っていうのかな。だけど自然が引き起こす現象は必ずしも人間にとってありがたい(うれしい)ものだけではなく、それがまた自然なのだということも感じます。つまり、自然は人間のために存在しているわけではないということ。人間のものではないということ。

で、二つ目は一つ目とも関連することだけど「人間ってのはちっぽけな存在だな」ということ。どんなに知識を振りかざしたところで、自然の前では手も足も出ないんですよ。それにさ、次の金環日食は300年後でしょ。みんな死んじゃってるでしょ。だけどそんな程度の時間なんて、地球とか、宇宙規模でみたら「ほんの一瞬」みたいなものですもんね。

もちろん比較する対象によって人間時間の長さも変わってきますし、比較すりゃいいってものでもありません。だから比較しようがしまいが、人間一人に与えられた100年足らずの時間が貴重であることに違いはありません。だけどそれにしちゃぁ価値観にしても、やってることにしても「ちっぽけじゃねーか?」。特にここ何十年かの人間は「愚か過ぎやしねーか?」。と、せめてこういう機会に自問して(俯瞰して)みてもいい気がするんです。

こういうことはさ、人間にとって負の出来事が起こった時ばかり取りあげられるけど、今回のような自然からの贈り物(恵み)があった時に考える方が、いろんな意味でプラスだと思うんですよね。もちろんこういう時に浮かれる(楽しむ)ことを否定するわけじゃないですよ。思い切り楽しめばいい。だけど楽しみっ放しじゃなく、ほんのちょっとだけそんなことを考えてもいいんじゃないかなと、そんなふうに思うわけです。

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