我流天晴

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戦力外通告

これまでにも何度か話題にしてきた読書手帳ですが、年明けを待たずに「戦力外」という決断を下しました。

今日も読み終えた本が一冊あり、この読書手帳に記入したのですが、相変わらずの書きづらさです。何が気に入らないかは過去のエントリー「その手帳、180度に開きますか?」を読んでいただくとして、特に見開いた時の左ページ、この書きづらさはオイラの我慢の域を超えてます。

今日読書手帳に書いたのは八回目になりますが、本来は楽しみなはずの記入が苦でしかありません。オイラがこれまで使ってきたどのノートや手帳と比べても、このイライラ感は尋常じゃない。で、ここまでくるともうこれ以上使い続けるのはムリ。

オイラは基本的に貧乏性なので、使いかけの手帳やノートを途中で放り出したことはないのですが、書くたびに苦痛を強いられるのであれば話は別です。投資した1050円はもったいないですが、今後書き込む度にイライラさせられることを考えればやむを得ません。幸いにしてこの手帳にはまだ八冊分のデータしか書いていないので、今なら転記にも時間がかからないことも決断の理由です。

ま、そもそもは「読書手帳」というネーミングと専用の雛形に目がくらみ、よく確かめもしないで飛びついてしまったオイラが悪いのですが、それにしてもここ最近は使い勝手を第一に考えた手帳やノートが多い中、よくぞここまで使い勝手の悪いものを作ったもんだよなぁ・・・。発売するにあたって試作品に実際に書き込んでみたんだろうか?

ま、テスト作業をしたにしてもしなかったにしても、結果的にこれが商品として発売されたこと自体が不思議、ってか驚き、ってかある意味奇跡だよ・・・。好みや用途云々なんてレベルじゃなく、ノート(手帳)としての根本である「書く」ということがまったく考えられてない。せいぜい役に立ったことと言えば、一冊の本に対してどの程度の記入スペースが必要かが分かったことぐらいかな。

ってことで、鳴り物入りで入団した読書手帳は本日を持って戦力外通告。代わりはやっぱりお気に入りの「Squared Pocket(MOLESKINE)」にします。一冊に対して一ページを割り当てれば十分な書き込みスペースが確保できるし、今もダイアリーとペアで使っているお気に入りノート(手帳)ですからね。それに2009年からはサイズ(厚さ)の関係でダイアリーとのペアノート(手帳)は「Squared Cahier Pocket」に変更するので、「Squared Pocket(MOLESKINE)」には新たな役割を果たしてもらうことにします。

ま、普通に考えりゃ、そうなるよなぁ。読書手帳ってのが偶然目に入っちゃったのが運のツキだったな。目新しいものについつい惹かれて飛びつくようじゃ、オイラもまだまだ「青い」ってことですね。

MOLESKINE(モレスキン)へのリクエスト

11月もあとわずかとなりました。オイラの2009年手帳は10月の半ばには購入済みだったこともあり、早く書きたくてウズウズしていたのですが、その手帳にもポツポツと予定が入り始めました。

オイラがメインに使っている手帳「Diary Pocket/黒/ハードカバー(MOLESKINE)」は、ここ数年ずっと同じなので、年が変わって手帳が新しくなっても手帳そのものは同じ。それでも新しい手帳には早く書きたくて仕方ないから不思議です。

で、いつも思うんですが、この手帳の方眼バージョンは出ないんでしょうかねぇ・・・。方眼好きのオイラとしては毎年新作が発表される季節になると期待してみるのですが、MOLESKINE(モレスキン)の1日1ページタイプのダイアリーは「ソフトカバー」や「赤表紙」のラインナップは揃ったものの、紙面は全て横罫。ま、最もスタンダードだからと言われれば返す言葉もないんですが、個人的には黒のハードカバーの方眼バージョンを是非追加して欲しいと思うんですよねぇ。

この要望が社会的影響力のあるブログに書かれたものだったら、来年はゼッタイに出るんだろうなぁ・・・とヒガミつつ、2009年もいくつかの新バージョンが追加されましたからね、早くも2010年のMOLESKINE(モレスキン)に期待しているオイラなのです。

時間を遡る唯一のツール

1年365日、人生80年とすると、人の一生は29200日ってことになります。その日々について特別なことがない限り、いちいち感想を持つ人はいなくて、やがてその日のことは忘れ去るのが普通です。でも人生ってのはそういう何でもない日々の積み重ねで成り立っているんですよね。で、そうした日々を書き連ねるものと言えば「日記」ってことになるんですが、「毎日書くことがない」という理由でやらない人や、始めたもののやっぱり挫折してしまう人が多いのが実状です。

でもオイラに言わせれば29200日しかない貴重な日々をそう簡単に忘れ去ってしまうなんて、それはもったいないと思うんですよ。日々の大切さやいとおしさみたいなものって、その日に感じるものじゃなくて、振り返ったときに感じるものだと思うんです。でも振り返ろうにもそれを覚えていられるほどのインパクトのある日ってそうそうあるものじゃないし、何でもない日を振り返ったときの懐かしさって特別な日のそれとはまったく別物なんですよね。

よく、ある曲を聴くとその時代の思い出とか出来事とかを鮮明に思い出すっていうのがあるけど、まさにそういう感じ。そのときに思い出すことって決して特別なことじゃなくて、学校へ通う電車の中から見ていた何の変哲もない風景だとか、毎日一緒に通ってた友達のこととか、当時好きだった人のこととか、当時にしてみれば当たり前の日常風景ですよね。日記で振り返ったときに思い出すことってそれに似ています。

で、日記というとどうしてもその日の終わりに「一日を振り返って書く」ってイメージがありますが、オイラの日記はそういうんじゃありません。思いついたときに思いついたことを書きます。だから文章と言うには程遠いワンセンテンスの時もあれば、極端な時は単語だけの時もある。作文のような文章なんて必要ないんです。

また、「後から読み返した時に分かりやすいように」なんて気を使うこともありません。そんなことをしなくても読み返した時には不思議と思い出せるんです。そうやって一日に何度でも思いついたことや予定、約束・・・なんでもいいから書いていけば、その日の終わりには既に日記が完成してるわけです。もちろん日によってたくさん書けた日とそうでない日があるのは当然です。

そんなわけでオイラの言う日記とは「雑記」と言ってもいいでしょう。それぞれの雑記がいつ書いたものか分かるようになってるだけです。これならば「日記を書かなきゃ」っていう強迫観念にとらわれずに続けられるんじゃないかと思いますよ。事実オイラはこの「日記のような雑記」をもう何年も続けてます。っていうか、気付いたら雑記が日記になってたんで、日記をつけてるっていう意識はないんですけどね。

季節柄、店頭で日記帳を見かけて「来年からやってみようかな」と思っている方は、来年からと言わずに今すぐ始めるのがいいと思います。日記帳としての雛形じゃなくてもノートで十分に代用できますし、オイラみたいな「日記のような雑記」にはかえって持ち運びの出来るサイズのノートや手帳の方が向いてます。ちなみにオイラが使ってるのは「Diary Pocket/黒/ハードカバー(MOLESKINE)」。

ま、どんなノートにどんな日記をつけるかはそれぞれに適した形があるでしょうが、0歳から日記をつける人はいないわけで、仮に20歳の人が今からやるとしても既に29200日のうちの7300日は消化しちゃってることになります。「人生」なんていうとちょっと重い感じがしちゃいますが、どんなありふれた日常も一人一人にとってふたつとない、かけがえのない時間です。

日記はその日その時に、確かに自分がその手で書いたものです。頭の中に残っている記憶とはまったく違います。「人類の夢」とも言われているタイムマシーンは現代でも実現できていませんが、日記は過ぎてしまった時間を唯一遡ることができるタイムマシーンなのかもしれません。

感情のアウトプット先

考えてみれば、本来なら手帳や日記帳に書くべきことの一部をこうしてブログに綴っているとも言えるわけで、実際、ブログを手帳代わりに使っている人も少なからずいると思います。

ならば手帳(日記帳)の役割をブログで代用できるか?というと、やっぱりそれは無理。少なくともオイラには。

手帳(日記帳)とブログの決定的な違い。やっぱりそれは他人の目に触れるか否かだと思うんですよね。ブログを書くときはどうしたって他人に見られることを意識しちゃいます。面白いと思われたいとか、同意して欲しいとか。決して嘘を書いてるわけじゃないけど、それが100%本当の自分の気持ちかと問われれば、「YES」とは言えません。

また、個人ブログとは言え、一応公共性があることを考えれば、書いてはいけない文言もありますよね。かと言って引っかからない言葉を選ぶと、どうも自分のストレートな本心とは違っちゃう。そんなわけでオイラにとっての手帳(日記帳)っていうのはやはり唯一無二のツールです。

更にオイラの場合、どう考えてもタイピングは早いほうじゃない。頭に浮かんだことや感情を瞬時にアウトプットするにはペンを使って書くのが一番早い。まさにホットな状態でアウトプットできるわけです。

じゃ、なんでわざわざブログをやってるのか?

うーん・・・なんででしょう・・・。

やっぱり自分の思ってることを誰かに知って欲しいってのはあるでしょうねぇ。これは手帳(日記帳)にはない側面ですから。つまり、人間には自己顕示したい(してもいい)部分とそうでない部分があって、オイラの場合は前者をブログに、後者を手帳(日記帳)にってことなのかもしれません。

・・・と、そんなことを書きつつ、ふと思ったんですが、最近は「ブログ炎上」とか、ネット掲示板での言い争いから事件に発展しちゃったりとかありますよね。あれってオイラに言わせれば感情をアウトプットする場所が違うような気がするんですよね。別に意見が対立したって構わないんだけど、その議論の仕方ってものがあります。オイラ的に言えば、これを「手帳(日記帳)方式」の汚い言葉で発言するからああなっちゃうんじゃないでしょうかねぇ。

不特定多数に公開されたネット上での表現と、閉鎖された手帳(日記帳)上の表現。人間である以上、なりふり構わず暴言を吐きたい時もありますが、それは手帳(日記帳)でやればいいと思うんだよなぁ。

後で冷静に読んでみると、実にくだらないことにエキサイトしてるもんですよ。で、誰に見せる事もない手帳(日記帳)の中でなら、そんな恥ずかしいエキサイトぶりも誰にも知られず、恥もかかずに済むんですけどねぇ。

殴り書きの美学

自分の手帳に几帳面な文字で書いてある人と、殴り書きの人がいると思いますが皆さんはどちらのタイプですか?そもそも自分の字に自信がある人っていうのは少なくて、他人から見ればそこそこの字でも自分の字は気に入らないものですよね。で、どちらのタイプの文字であれ、何とか上手に書く(見える)努力をしているんじゃないかと思います。

オイラも例に漏れず自分の字は下手だと思ってるので、几帳面に文字を書いてしまうとその下手さがより強調されるような気がするんです。ま、それはあくまで自分の字に対するオイラの感じ方なんだけど、そんなわけで結果的にオイラの手帳は殴り書きタイプです。更に条件が許せば水性ボールペンを使います。

この「水性ボールペン」と「殴り書き」っていう組み合わせは、一画一画をきちんと書いた楷書体にはない味が出るんです。もちろん下手な字に変わりはないので、単なる錯覚というかジコマンなんですけど。

ちなみにオイラが最も好きなのはMOLESKINE(モレスキン)の方眼ノートと三菱鉛筆のユニボール ビジョンエリートの組み合わせ。もちろん殴り書きだから方眼の目に合わせてキッチリと書くわけじゃないけど、縦横に罫線のある方眼は何かと基準(目標)を取りやすく、殴り書きでも最低限のバランスが保てて、更に水性インクならではの筆跡がいい味を出してくれるんです。

逆にゼッタイダメなのが無地ノート。多目的用途に使えて便利なんだろうけど、何の基準(目標)もないプレーンな紙面はオイラにとっては地獄以外の何物でもありません。季節柄、年賀状シーズンですが、あれも苦手だなぁ。。。字が大きくなったり小さくなったり、行がうねうねと曲がっちゃったり。。。

ま、そんなわけで、字が下手な人にはその人なりの罫線であったり、ペンであったり、書き方があって、それによって同じ下手な字でも随分と違って見えてきます。自分の字に自信がない人だけでなく上手な人も、機会があったら方眼ノートと水性ボールペンの組み合わせを試してみてはいかがでしょうか。但し、水性インクは紙との相性がシビアなのでその辺はご注意くださいね。

簡単なお試し用としては、比較的紙質が良く、安価なロディアあたりがいいと思います。若干乾きに難がありますが、裏抜けはありません。MOLESKINE(モレスキン)の方眼ノートの場合は乾きの問題はありませんが、若干裏抜け(透け)があります。ま、どちらも致命的というほどのものではありませんがご参考までに。

オイラ的には、お気に入りのペンに合うノート(手帳)を探したり、お気に入りのノート(手帳)に合うペンを探したり、そうやって相性の良い組み合わせを必死に探すのが元々好きなんですが、「殴り書きの美学」を極める為には欠かせない作業でもあるのです。